健康診断の結果が結節影の疑い!再検査まで「東京で消耗でいいのか」本気で考えた

こんにちは、Mahaloです。私は現在32歳で子供2人の父親です。年に一度会社の健康診断を受けておりますが、人生で初めて至急再検査にという診断結果になりました。今までオールAという健康体だったにも関わらず急に、転機が来たわけです。

診断内容は「肺野結節影の疑い」。なんだそれ?

診断内容を聞いた時は頭の中が「????」状態でした。医者からではなく、会社の看護士さんに聞いたわけですから、何も説明なく「結節影の疑いがあるから再検査よろしく」というもの。

その結果が何を示唆しているのかも、無知な私はわからず、そのまま聞き流していました。

診断結果の重要性に気づいたのは、帰宅中の電車の中・・・。ネットで診断結果を調べていたところ、「肺癌」の可能性ありというもの。実際に32歳の若さで自分自身が癌になるなんて全くもって思っていないので、頭の中はもう真っ白です。

詳しくネットで調べることもできず、すぐにネットを終了してしまいました。

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診断結果を知ってから再検査までの道のり

ネットで詳しく調べることすらできないくらいビビっていた私は、家族にも相談できず再検査の予約をとっとと済ませました。再検査の日は、一週間後。

その間は、本当に色々なことを考えました。5年後、10年後に自分が死んでいるかもしれない。そうすると子供は小学生です。残った家族はどうやって過ごしていくのか。不安でなりませんでした。

仕事もこのまま続けるのか?再検査で癌だと診断されたら、休職して家族と過ごそうなどと考えてました。

不安な日々を過ごすこと一週間。ついに再検査の日を迎えました。医師から癌の可能性もある旨説明を受けて、再検査です。

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再検査の結果は、問題なし!

再検査時に乳首にレントゲンの影響を受けないようにシールを貼り様々な角度で検査してました。

結局、乳首と血管が重なって見えて影のように見えた事で「肺野結節影」に見えたようです。本当に良かったです。

話を聞くと乳首と血管、骨の重なり具合で結節影に見えてしまう事がよくあるそうです。私と同じく健康診断の結果になっても、心配なさらず再検査受けてみてください。所詮レントゲンでは確実な判断が難しく、CTを受けなけらば診断は難しいようです。

診断結果を聞くまで考えたこと

診断結果を聞くまでの一週間は、廃人のような生活を送ってた気がします。人生の先を悟ってしまうと私の人生後悔だらけです。後悔しないつもりで生きていても、人生半ばで終わってしまうのはやはり悔しい。そんな私が一番考えたのは家族の今後について。なんだかんだで、一番死んで迷惑掛かるのは家族ですから。

次に考えたのは、このまま東京で仕事していていいのか?家族揃って沖縄移住してプチホテル経営の夢は、どうする?と考えてしまいました。要するに、このまま死んでしまったら後悔する!という強い思いです。

今の持ち家は、癌と診断されればローンはチャラになります。ならば、今の家を売り、家族揃って沖縄へ移住して経営していけるのではないか。死ぬまでにある程度、軌道に乗れるのではないか。仮に起業が上手く行かず、途中で死んでしまっても、死亡保険金が入るのでなんとかなるのではないか。

こんなことばかり考えてました。そして作ってしまいました。ガンと診断される前提の事業計画書を・・・・。

結果として診断の結果は、問題なしでしたが、本気で東京で消耗し続けていいのか考えました。東京で仕事=消耗というわけではありませんが、本来自分がやりたいこと(沖縄でプチホテル起業)を実現しないと後悔すると思ってしまいました。

訳あって即行動というのは出来ないのですが、この気持ちを忘れず、4年後の起業を目指し着実に準備を進めていくと、改めて決心することができました。

そこで、4年後のリスクを極小化するために、ネットビジネスを開始することにしました。最初は、沖縄関連の手作り品のネット販売から手をつけていきます。そして、妻が得意な手芸関連も手をつけていきますので、楽しみにしていてください!!

明日からは新たな気持ちで再スタートです!

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ABOUTこの記事をかいた人

1984年生まれ。残業しない自由な働き方を実践し、仕事に子育てに奮闘している二児の父親。
沖縄との出会いは、24歳の沖縄旅行。有名な観光地をばかりで予定を組み、特別な経験もできず、疲れた思い出に。
この経験から「旅行は自分の好きなところで楽しむ」と決意。
仕事の休みを使い、毎年7泊旅行を複数回。最近は14泊でプチ移住も体験。
豊富な旅行経験を活かし、友人の沖縄旅行のプランニングし、感謝される経験を積む。

現在は、沖縄ハンドメイドにも力を入れて、「あなただけの沖縄旅行を創り、日々の生活で沖縄を感じさせる専門家」として、特別な体験をプロデュース。顧客からは「コストが半分だったのに楽しめた」と評価を受けている。
また、仕事のやり方を見直し、人生を沖縄色に染める活動にも力を入れている。

将来は、沖縄へ移住し「沖縄旅行者と地元住民が共存し、皆にが幸せな世界を創る」をモットーに、「観光情報ネットワーク」を構想中